海辺のアップサイクリスト

価値観の見直しによって生活を好循環させること

「道化の涙に映る虹」第21話

前話
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日頃から眠りが浅い貴男は物音に敏感で、微かな寝息に目を醒ました。

 

そうだ、沙織は泊ったんだ。

 

昨日のことを反芻(はんすう)するが、断片的な記憶に不安だけが募る。

 

だが、スッピンの安心しきった寝顔を見ているうちに、不安は徐々に安らぎへと変わっていった。

 

f:id:upcyclist:20170207022610j:plain 壁時計に目をやる貴男、時刻は6:54

 

否が応でも、気持ちは日常に引きずり戻される。

 

急いで洗面所に向かい、口に含んだ洗口液を出しブラッシングする。

 

台所に向かい、湯を沸かしてコーヒーを入れ、トーストと目玉焼きを作る。

 

朝の日常を終えて寝室に戻り、ベッドにゆっくり腰を下ろして再び沙織の寝顔を見る。

 

できればこのまま寝かせてやりたいと思ったが、貴男は休みを取るわけにいかなかった。

 

頭を撫でようとした手を下ろし、代わりに額にキスをした。

 

「んーん」

沙織は伸びをしながら目をしばたたかせる。

 

「おはよう。お寝坊さん」

 

 目と目が合う貴男と沙織

 

「オハヨー」

 

「よく眠れたようだね」

 

「うん。きのう…」

 

「何?」

 

「何でもない」

沙織は少し頬を紅潮させていた。

 

「本当はね、このままゆっくりしててもらいたかったんだけど、鍵、一つしか無いから…。僕が帰るまで家にいるなら渡すけど」

 

「用事があるので、私も貴男さんと出ます」

 

「僕も休み取って一緒にゴロゴロしていたい気分だけどね」

 

「貴男さんは、お仕事頑張ってください」

 

「うん頑張るよ」

 

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「道化の涙に映る虹」第20話

前話 


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「うちの方は価値観のズレ。それが大きくなったことかな。そして引き金になったのは、経営していた会社の倒産。よくある話だよ」

 

 

「でもお子さんいたんですよね?やり直すとかは」

 

 

「もう大きいし、それに仕事に熱中するあまり、家庭を顧みなかったからダメだった」

 

 

「辛かったですね」

 

 

「うん。でも過ぎたことだよ」

 

 

「もう戻らないこと?」

 

 

 「うん」

 

 

カクテルのレパートリーも出し尽くし、酔いと共に互いの生い立ちの話も深まった。

貴男の目は焦点がぼやけ始め、話は断片的に耳に入ってくるようになっていた。

 

 

沙織は、子供の頃に飼っていた子猫が、車にはねられて死んだという話を涙ながらに語っていた。

 

 

沙織を無性に愛おしくなった貴男だが、記憶が一時的に飛び、ふと我に返ると、テーブルの上に置いた沙織の手に、いつの間にか自分の手を重ねていた。

 

貴男は、そのままその手を強く握りしめたが沙織に拒まれることは無かった。

 

沙織の手を自分の方にゆっくり引き寄せ、ついてくる身体を抱きしめた。そして、目を閉じた沙織に唇を重ねた。

 

 

「シャワー借りても良いですか?」

 

 

「ちょっと待って」

貴男は風呂場に行き、バスローブとバスタオルを手に戻ってきた。

「はい、これ使って」

 

 

「ありがとう」

 

 

この日、二人は関係を結んだ。

 

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「道化の涙に映る虹」第19話

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貴男は続けざまにシェーカーを振るう。

トップを外したシェーカーから、氷の入ったワイングラスにペールピンクの液体が注がれる。

 

「それは何ですか?」

 

「ラムベースのイスラデピノスという名のカクテルだよ。スペイン語でパイナップルの島というんだ。でも、パイナップルじゃなくてグレープフルーツ使うんだけどね」

 

「貴男さんがアレンジしたということ?」

 

「違うよ。元からグレープフルーツを使うんだよ」

 

「そうなんだ。何か理由があるんですか?」

 

「僕も良く知らないんだ。それより乾杯しよう!それじゃ、沙織さんの前途を祝して」

 

「カンパーイ」

 

チュィーーン

鉛度の高いグラスの澄んだ打音が響く。

 

「わーこれ美味しい。飲みやすい」

沙織は無邪気に喜ぶ。

 「貴男さんのも美味しそう」

 

「飲んでみる?」

 

「いいですか?」

 

「いいよ。どうぞ」

 

「こっちも美味しい」

 

「どっちが好き?」

 

「どっちも、強いて言うならイスラデ…イスラ」

 

「イスラデピノス」

 

「そう。それです」

 

「じゃあ、これ飲んでいいよ」

 

「えっ、いいです。貴男さんのが無くなっちゃう」

 

「いや、僕はカクテルよりもウィスキーの方が良いよ。実はグレナデン・シロップが消化しきれないから無理矢理作ったんだ」

 

「そうなんだ」

 

「ところで沙織さん、今回の件はやっぱり責任の一端を感じるよ。本当にごめんね」

 

「ホントに貴男さんのせいじゃないから気にしないでください」

 

「ウーン…。そうだ、やっぱり何かつまむもの出すね。ミックスナッツで良い?」

 

「あ、ありがとうございます」

 

「ところで、前から聞きたかったことがあるんだけど」

 

「何ですか?」

 

「うん。聞き辛いことなんだけど単刀直入に聞くよ。沙織さんとこ離婚の理由は何だったの?」

 

「私ですか?」

 

「うん」

 

「旦那のギャンブルです」

 

「ギャンブル?」

 

「酒もタバコもやらないし、他に問題が無い人でした。物静かで優しかった」

 

「旦那さんは、ギャンブル止めようと思わなかったの?」

 

「止めようと努力はしていたようですけど結局ダメだった」

沙織は遠くを見る。

 

「そうか…」

 

「貴男さんは?」

 
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「道化の涙に映る虹」第18話

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貴男は、小さな棚から、チェリー・ブランデー、ブランデー、オレンジ・キュラソーのミニチュアボトルを取り出しカウンターに並べる。

 

「可愛い」

香水の小瓶でも見るように、ミニチュアボトルを一本、一本持ち上げて見つめる沙織。

 

「そうでしょ」

乾燥してキャップが固くなったグレナデン・シロップとレモンを冷蔵庫から取り出す貴男。

 

「どこで手に入れたんですか」

視線を貴男に戻す沙織。

 

「通販」

 

「普通に売ってるんですね。試供品だと思いました」

 

貴男は黒のカッティングボードの上でレモンをカットし、一旦手を止め

「そうだよね。お酒詳しくないとあまり見ないもんね」

 

「うん。見ないです」

 

「普段あんまりカクテル飲まないし場所とるからね。殺風景なこの部屋のインテリア代わりに棚に合わせて買ったんだ。だから、美味しくてもあまりおかわりはできないよハハハ」

 

「おかわりはできないんですね。残念」

 

「その代わり、色んな種類のカクテルをご馳走するよ」

 

シェーカーのストレーナーを外し、チェリー・ブランデー、ブランデーをメジャーカップで量りながら30mlずつ入れ、オレンジ・キュラソーグレナデン・シロップ、レモンの果汁を2滴ずつ入れ、氷を入れる。

 

シェーカーにストレーナーとトップをした。

見せ場を意識した貴男に程良い緊張感が走る。

 

沙織に正対していた身体を横に向け

カシャッ カシャッ カシャッ シャカシャカシャカシャカ

シェーカーを軽快に振るう。

 

 シェーカーのトップを外し、カクテルグラスに注ぐ、グラスの脚を人差し指と中指で挟みテーブルの上で底を滑らせ沙織の目の前に押し出す。

「はい、どうぞ」

 

「美味しそう。これは何という名前ですか?」

 

「チェリー・ブロッサム。名前忘れないように、わかり易い方が良いと思って、この名前聞いたことあるでしょ?」

 

「聞いたことあります」

 

「桜の花をイメージした日本生まれのカクテル、響きが良いよね」

 

「そうですね。名前のとおり、キレイ」

 

「あっ、そうそう当店はキャッシュオンデリバリー制となっております。一万円いただきます」

 

「えー、ぼったくりBarじゃないですか」

少し甲高い声になった沙織。

 

「アハハハハ」

笑い合う二人。

 

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「道化の涙に映る虹」第17話

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「どんなお店ですか?」

 

「候補は二軒あって、一軒目はセルフBAR〔自分勝手〕で、二軒目は〔Bar廃屋〕って店なんだけど」

 

「フフッ、何ですかそれ、どちらもふざけた店名ですね。全然おしゃれな感じじゃない。却下です」と笑顔の沙織。

 

沙織の反応に気を良くした貴男は続ける。

「この二軒、実は隣り合わせで、トイレは共同、店主は同じなんだ。人生いっぱいいっぱいの店主が精一杯作るカクテルが失敗だらけなんだ」

 

「アハハハハ、韻を踏んでる。貴男さんて、そんなキャラでしたっけ?面白い」

 

「ワハハ」

貴男もつられて笑う。

 

運転代行の車に乗り込む二人、程なくして着いた先には中古の一軒家。

 

「ここだよ」

 

「えっここ?」

貴男の家であることは薄々感づいていた沙織は、少し驚く振りをした。

 

「やっぱり嫌かな?」

 

二人のやり取りを聞かれたくないので、代行の運転手には早々に帰ってもらいたかったが、沙織の気持ちが決まらぬうちはどうしようもない。

 

 少し間が開いた後

「では、いっぱいいっぱいの一杯というのを飲んでみましょうか」

沙織が答えた。

 

「たぶん、店主は腕によりをかけて作ると思うよ」

ギャラリーがいる中で体面を保ち貴男は安心した。

 

「ご苦労さん」

車外で煙草を吹かし、二人のやり取りを興味津々で聞いている代行に、貴男はお金を渡して追い返す。

 

沙織を勝手口に案内し

 「ここが、Bar廃屋」

続けて玄関に戻ると

「ここが、セルフBARの自分勝手。さぁどちらにしますか?」

ふざけてみせた。

 

「こっち」

玄関を指差す沙織。

 

「では、セルフなので飲み物以外は沙織さんが作ってね」

 

「えー。」

 

ドアに鍵を差し込み、開けながら

「冗談、冗談。二人ともお腹いっぱいだから何も作る必要ないよ。さあどうぞ」

片手でドアを押さえ、沙織を招き入れる貴男。貴男の前を通り過ぎる沙織から、シャンプーと化粧品の香料が混ざった甘い香りがした。

思わず、そのまま抱きしめたいという衝動に駆られたが、外の月を見上げ一度大きく息を吐き、ドアとともに欲望を閉じた。

 

「ごめんね。こんな所で…殺風景だよね。断捨離しまくったんだ」

 貴男は部屋を見回す沙織をリビングに案内する。

  

「ここが我が家のBar」

バーカウンターテーブルの前の壁にはルーバーが付いた木製の棚があり、中にはスピリッツやリキュールのミニチュアボトルとカクテルセット、ワンショットメジャーが付いていた。

 

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「小さいけど、この中にひと通りのカクテルを作るお酒があるんだよ」

 

「コンパクトに収まってますね。もしかして手作り?」

 

「そう」

 

「凄い!」

 

「大したことないよ、ありがとう。沙織さんはここに座って」

貴男は二脚あるうちの一脚の止まり木に沙織を誘導し、もう片方の止まり木にジャケットを掛け、壁のフックからソムリエエプロンを取り素早く腰で結ぶ。

 

「わー本格的なんだ」

 

「ただの家飲みじゃ面白くないでしょ?グダグダを防止するための演出、カッコつけだよ」

 

「面白そう。期待してます」

 

「じゃあ何を作ろうか」

ワイシャツの袖をロールアップする貴男。

 

「うーん、でも私カクテルあまり知らないんです。チェリーブランデーを使ったカクテルが美味しかったのは覚えてますが、名前はわかりません」

 

「そうか、じゃあチェリーブランデー使ったカクテルを作るよ。レパートリー少ないからお任せで良いかな?」

 

「はい、お任せで」

  

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「道化の涙に映る虹」第16話

前話

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 「さあ、そろそろ二次会に、と言いたいところだけど実は代行頼んじゃったんだよね」軽く舌を出す奈緒美。

 

「そうなんだ。ありがとう」

と返す沙織。

 

「もうそんな時間?」

貴男のパテックは21:41を指していた。

 

奈緒美は、貴男と沙織を順に指差し

「ちなみに、あなた達二人の代行は頼んでないからね。沙織は明日から有休消化でしょ、後はお好きに」

意味深な笑みを浮かべる。

 

「何で、私の送別会でしょ、一緒に頼んでくれてもいいじゃない」

沙織が言うと

 

「さあさあ、私たち邪魔者はとっとと消えましょう」

奈緒美は、まるでボクサーが入場する時の様に、有里子の両肩に手を乗せて退出を促す。

 

「違う違う、そんなんじゃないって」

沙織は酔った顔を更に赤らめ否定した。

 

「いいから、わかったから、じゃあねオヤスミー」

バイバイする奈緒美。

 

有里子は肩越しに振り返り

「また連絡するね。今日はゆっくり楽しんできてね」

腫れた目蓋で微笑んだ。

 

いつもなら、二人きりになるのは喜ばしいことだが、今夜は違った。

良い人たちだ。

出来るだけ長く四人で一緒に時間を過ごしたいと思う貴男だった。

 

二人を見送った貴男と沙織。

 

「どこかで飲み直そうか」

貴男はスマホで検索を始めた。

 

「はい。良い所あります?」

 

「もうお腹いっぱいだよね。近所に小洒落たBarがあるんだけど行ってみない?」

 

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「道化の涙に映る虹」第15話

 前話

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沙織が有休消化に入る前日に、奈緒美、有里子、貴男の参加で、ささやかな送別会が開かれることになった。

 

「ここ行ったことある?」

 

PCのディスプレイを見ている貴男の視界に、奈緒美はキーボードの上にチラシを滑り込ませながら脇から入り込んできた。

 

 

「いや、無いな」
貴男はチラシを裏返し表に戻す。

 

 

チラシには、揺らぎを入れたダイナミックな筆文字で居酒屋海月と書いてあり、クラゲが浮遊する水槽の写真や、壁にたくさん飾られた海に浮かぶ月の写真、中央に簡単なお品書きが印刷されていた。

 

 

「前に沙織と何回か行ったことがあるんだ。結構良かったよ」

 奈緒美は言った。

 

「送別会やる店?」

 

 

「そう」

 

 

「確かに、送別会は新しい所行くよりも、慣れた所の方がいいね。ここで良いんじゃない?雰囲気も良さげだし」

 

 

「そう思って」

 

 

「幹事は?僕がやろうか?」

 

 

「いや私がやるから大丈夫。ありがとう」

 

 

「じゃあ頼むね」

 

 

「了解」

 

 

 

貴男が居酒屋海月に着いた頃には既にみんな揃っていた。

 

 

 

クラゲが浮遊する水槽を横切り個室に入ると、沙織は微笑み、奈緒美は手招き、有里子は腰壁にもたれかかり沈んでいた。

 

 

程無く中生ジョッキが来ると

 

 

「さあ、沙織の前途を祝して乾杯といきますか、有里子さんもお通夜じゃないんだからね。パーッと飲もうよ」
奈緒美が、有里子に無理矢理グラスを持たせながら言った。

 

 

貴男は、有里子の様子が気になりながらも、沙織を見ていた。

 

 

「じゃあーいくよ~ん、クアンパイ~」
ムードメーカの奈緒美の変なイントネーションのお蔭で、吹き出しそうになりながら笑顔でジョッキをぶつけ合う。

 

 

思い出話に花が咲き、アルコールが進む

 

 

黙りこくっていた有里子は、飲むピッチが上がった頃に突然、
「私がヘマしなければ…」
堰を切ったように話始め
「ごめんね、本当にごめんね。わたしのせいで…」
有里子はハンカチで目を押さえながら泣きじゃくった。

 

 

「何言ってるの、本来私がやらなければいけない仕事。それをユリさんだけに押し付けた私の責任だよ。ユリさんは悪くない。それに、人事異動があった時点でいつ辞めようか考えていたの」沙織は向かいに座る有里子の手に自分の手を重ねて慰める。

 

 

何となく経緯が見えてきた貴男

 

 

「そうだよ。沙織ずっと言ってたもんね。だいたい、何で辞めたうつぼが営業部に戻って来るんだよ。おかしいよ」
おしぼりをテーブルに叩きつけながら感情を露にする奈緒美。

 

 

「うつぼ?」
貴男の問いに

 

 

「某高関女史」
有里子にタオルハンカチを渡しながら間髪入れずに答える奈緒

 

 

「名前言っちゃってるし」
貴男がツッコミを入れると

 

 

「社長の愛人だったりしてアハハ」
お参りの要領で柏手する奈緒美。

 

皆笑い出す。

 

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