海辺のアップサイクリスト

価値観の見直しによって生活を好循環させること

「道化の涙に映る虹」第4話

 前話

 

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貴男は帰宅すると
「よろしくお願いします」と印刷された沙織の名刺を裏返し、記載されたアドレスに
「ありがとう(^o^)/」を送信した。

 

 

その日の返信は無く、三日後の夜に「どういたしまして」とだけ返信があった。

 

 

沙織の降格人事は、仕事上のミスや不祥事ではないことを奈緒美から聞いていた。前任者が、出産と子育てを理由に、休職ではなく退職を選び、古巣に戻った為であった。
沙織には子供は無かった。

 

 

一週間後、貴男は休日のランチに誘うメールを沙織に送信した。

 

 

「是非と言いたいところですが、仕事と離婚のことで、当分男性と二人きりで会う気持ちの余裕がありません。ゴメンなさい」

 

 

「そうだよね、全くデリカシーが無かった。僕の方こそ本当にすみません」
浅はかな自分を見透かされた恥ずかしさで顔が赤くなった。

 

 

しかし、どうしても沙織の気を引きたい貴男は二週間後に再びメールを送信した。
ともに離婚という二人の環境のシンクロと、不当な人事異動に対する怒りと同情ついて書き連ねた。

 

 

一時間後、沙織から
「アリガト♪(*^・^)」の返信があった。

 

 

気を良くした貴男は、このまま畳み掛けようとも思ったが、同じ轍を踏むリスクを避け暫らくメールをしなかった。

 

 

貴男は職場で沙織に会っても、近くに行って話しかけることは避け、自分でも可笑しいくらい口角を限界まで上げて会釈した。

 

 第5話につづく

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「道化の涙に映る虹」第3話

 前話

 
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食事会で世間話のネタは尽きてしまった。
駅まで15分の帰り道、貴男は沙織に何を話せば良いか思案に暮れていた。

 

「あのー、できたらメールアドレス教えて欲しんだけど」
唐突過ぎたが他に言うべき言葉は浮かばなかった。

 

「私?」
上目遣いの沙織。

 

「うん」

 

「明日メモで持っていくからそれでいい?」

明日のメモにする理由を沙織は明かさず

 

「えっ? あぁいいけど」
貴男も追うことをしなかった。

 

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翌日、沙織は客がいないところを見計らい、フロントの貴男の後方にある事務所の窓口から手招きした。

 

貴男は辺りを見回し、それとなく事務所に下がった。幸い、事務所には沙織と奈緒美しかいなかった。

 

ペン尻を咥えながらニヤつく奈緒美を後目に、沙織に近づいた。

 

 

「持ってきてくれたの?」
当たり前のように聞く貴男

 

 

「何の為に?」
意外な言葉で返す沙織

 

 

「えっ?いや昨日・・・」

状況が飲み込めず狼狽える貴男

 

 

「はい」
おもむろにポーチから自作の名刺を取り出す沙織。
淡いパステル調の花畑に車両進入禁止の標識がコラージュされ、メールアドレスと電話番号が印刷されたものだった。

 


「あっありがとう」

意表を突いたやり取りや図柄の意図が全く読めず、狐につままれた気分になった貴男だったが、いそいそと名刺をポケットにしまい込んだ。

 

 

売店に戻る沙織をバイバイで見送った奈緒美は、今度は貴男をシッシッと追い払った。
それに応えるように、後ろ姿で手を振る貴男はフロントに戻った。

 第4話につづく

 

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「道化の涙に映る虹」第2話

 前話

 

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貴男は、遅い夕食を終えると、安物の国産ウイスキーを煽りながら、シンクに溜まった食器を洗い、ネットで拾ったクラブJAZZリミックスを聞き流すのが日課となっていた。そして、杯を重ねながらSNSに移行するのが目下の趣味となっていた。

 

3年に及ぶ一人暮らしで、ひと通り家事をこなせるようになっており、不便を感じることはなく気ままに生きていた。
苦しみもがいた離婚で、図らずも自由が転がり込み、もう結婚はこりごりだと思っていた。しかし、現金なもので、生活が落ち着いてくると、心を通わせる存在が欲しくなるのもまた事実だった。

 

貴男が入社して4か月くらい経ったある時、人事異動を知らせる社内報で異なる名字の沙織を見つけ離婚を知った。

 

本社営業部主任から販売部平社員への降格人事だった。

 

二人は部署は違うため、声をかけようにも休憩時間や帰宅時間も合わず、年中無休の会社では飲み会も無かった。貴男は売店の前を通る度、意識的に沙織に視線を合わせ切っ掛けを窺うようになっていた。

 

あまりの不自然さに、警戒されることを恐れた貴男は、状況を打開するため、二人の共通の友人であり、同じ部署に勤務する奈緒美に頼み、表向きは慰労会ということで食事会をセッティングしてもらうことにした。奈緒美は既婚者だが子供はいなかったので都合をつけて協力してくれた。

 

シフト勤務のため、三人の予定を調整することがなかなか難しく、3週間後にようやく食事会が開かれた。

 

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イタリア料理がベースの地魚ダイニング、離婚話には触れず、奈緒美のお蔭で他愛もない世間話で場は和んだ。

 

程良くワインも進んだところでお開きとなり会計を済ませ表に出ると

 

「沙織、悪いんだけど貴男さんと先に帰ってくれない。ちょっと用事があって旦那とこれから合流するから」
気を利かせた奈緒美は、顔の横でスマホを小刻みに振りながら言った。

 

「そうなの?  わかった。じゃあ、お先」
沙織は、奈緒美から貴男に視線を移し軽く頷くと駅に向かって歩きだした。

 

 

 第3話に続く

 
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