連載小説「道化の涙に映る虹」 - Tragic love - 第1話
海沿いの道路は、連休でもないのに上下線とも渋滞していた。観光地に暮らしているとはいえ貴男は苛立ちを募らせていた。
何とは無しに反対車線に並ぶ車を見た。
焦点が定まるにつれ我が目を疑った。
車種と色、見覚えがあるナンバー、2年前に別れた沙織の車だった。
止まっていた時計の針は再び動き出していた。
ハンドルを握る沙織は、貴男には気付かず真っすぐ前を向いていた。
貴男は、気まずさから早くこの場を立ち去りたかったが渋滞がそれを許さなかった。仕方なく前に向き直し、シートに浅く座って身を縮こませ気配を断った。
家に着いても貴男の気持ちは落ち着かなかった。
汗ばむ手でスマホに文字の入力、消去を繰り返し、心臓の高鳴りが最高潮に達した瞬間メール送信した。渋滞で反対車線に停まっていた旨と相手の安否を尋ねる短文メールだった。敢えて自分の名前は伏せた。
送信直後に後悔が貴男を覆った。
一時間程して着信音が鳴った。
まさかとは思ったが、ディスプレイに求めていた沙織の名が浮かんだ。
好意的な長文メールには貴男の名があった。
渋滞については一切触れられていなかった。
貴男は49歳、沙織は39歳。ともに離婚歴があった。
貴男は、東京で建築関連の小さな会社を経営していた。しかし、リーマンショックのあおりを受けて会社はあえなく倒産。それが原因で離婚。一人娘とも疎遠になってしまった。睡眠を削り、非正規雇用の仕事を掛け持ちして4年、やっと借金を完済した。そして、都会の喧騒を離れこの町に移り住んだのだ。
町は、エメラルドグリーンとコバルトブルーのグラデーションが美しい海に面していた。
夏になると家族と訪れた町だった。観光産業以外に生活手段が無い土地だった。
賃金水準も低く、平均の年間休日数も90日を下回っていた。だが、それでも貴男は疲れた心を癒すには適した土地だと思っていた。
貴男は、慣れないホテルのフロント業務に翻弄され、地元出身である沙織は同じホテルの売店で販売業務を淡々とこなしていた。
沙織は、華奢で年齢を感じさせない美しさがあり、男が放っておかない雰囲気を漂わせていた。一人暮らしの侘しさも手伝って、沙織に吸い寄せられるのは時間の問題であることを貴男は充分自覚していた。
第2話につづく
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