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海辺のアップサイクリスト

アップサイクルとは、不要な廃材にデザイン等の付加価値を施して新たな製品に昇華させること。リサイクル、リユースの上をいく循環型環境ビジネスです。クリエイターの視点で提案していきます。

コラム「生きることは痛みに耐えること」

Column Column-7

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他人に改めて痛々しい等と言われるまでもなく、痛みに耐えながら生きる自分。

 

人生は本当に辛い。

 

周囲の人を見てもそう思う。 心の痛み、身体の痛み。

 

辛くないと言う人間は、強がりか、鈍感か、本当に恵まれた者。

 

生きるということは生物だけの概念だと思うが、存在という概念は生物以外にも適用される。

 

ここで言う生物とは、ナマモノではなくセイブツ。

 

ナマモノならば対義語は干物ということになる。干物は確かに美味い!

 

話しを元に戻そう。

 

己の存在価値に悩み、疑問に思う生物、人。

 

その対義語の無生物の場合はどうだろう。

 

無生物が悩む?疑問?

 

頭おかしいんじゃないか?  そう思うのは自由。

 

もとより他の生物や無生物とはコミュニケーションがとれない人間。

 

身近な生物、犬や猫を思うと、人と共通言語を持たない存在とコミュニケーションを取る方法が何かある筈と思う自分が居る。

 

存在とは森羅万象であり、万物を肯定し、そこに居るということ。

 

勿論、生きると言うことも内包されている。

 

存在価値に悩む宇宙があるとすれば…。

 

当然、宇宙はそれを解明したいだろう。

 

古今東西ずっと世知辛いのは、その解明を目的とした生物学的な壮大な実験場の地球においては、至極当然と言えば当然なのかもしれない。

 

人は、宇宙のモルモットの一つに過ぎないのかもしれない。