海辺のアップサイクリスト

価値観の見直しによって生活を好循環させること

「道化の涙に映る虹」第25話

前話
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深々としたお辞儀に、沙織の心境の変化を感じ取った貴男だった。

 

空白の二年。沙織に何があったのか?

寝付けずにいた貴男は、天井を見つめ当ての無い自問を繰り返していた。

 

決着をつけるため、沙織に確かめようとも思ったが、そうすることで二人の関係が終わってしまうことも危惧していた。

 

推敲を重ねた翌日の長文は

「何か僕に言い忘れたこと無い?」
と変化していた。

 

程無くして沙織からの返信
「電話で話したい。都合が良い時間教えてください」

 

 

その日の夜10時に、滅多に鳴らない音色の着信音が乾いたリビングに響く。
貴男はスマホをフリックして耳にあてる。

 

「こんばんは」

 

 

「こんばんは。実は大事なことを伝えたくて…、この間会った時に話そうと思ったけど…、なかなか言い出せなかった」
躊躇いがちに話す沙織。

 

「何かな」
今後の展開の覚悟を決める貴男の心拍数は上がる。

 

「実は一年ぐらい前に帰宅途中に交通事故に遭って」

 

「えっ!そうだったの?大丈夫なの?」

 

「うん。腕20針縫っちゃった。この辺、救急病院はうちだけだから、まさか自分が働いている所に入院するとはね」

 

「そうだったのか。知らなかった」

 

「それでね…」
突然沙織の声は上擦る。

 

「何?」

 

「うん…。あのね…形成外科の執刀医だった人、私の手術した…」

 

「うん」

 

「早くに奥様を亡くしていて、小さな男の子がいるの」

 

「それで」

 

「うん……。あの、単刀直入に言うけど、実は婚約したの」

 

貴男の嫌な予感は的中した。
結婚に失敗した負い目があり、略奪して幸せにするなどとロマンチックなことは言えない、貴男は黙って聞くしかなかった。
もっと早く連絡をとるべきだった。二年の空白を今更ながら悔やんだ。

 

「そうか。そうだったのか。おめでとう」
貴男は、ジェラシー、プライド、喪失感の微妙な葛藤と混乱の中で返事をした。

 

離婚の辛さを分かち合った似た者同士、沙織の幸せを祝福してやりたいという気持ちと醜態を晒すのは避けたいという気持ちの方が勝ったのだ。

 

「今度こそ僕の分まで幸せを掴んで欲しい」

とだけ伝えると

 

沙織は
「幸せになります。本当に今までありがとう。体に気をつけてください。さようなら」

 

「さよなら」
電話を切った貴男に喪失感の大波が一気に押し寄せた。

 

自分が悲しい思いをした分、他人は幸せになる。自分は幸せではないが他人の役には立っている。自分の心が浸食されても、これで一人の人間に新たな道を歩ませることができる。傍から見れば滑稽でも、そう思うことでバランスを取り、この波を乗り切ろうと思う貴男だった。

 
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