「道化の涙に映る虹」第21話
日頃から眠りが浅い貴男は物音に敏感で、微かな寝息に目を醒ました。
そうだ、沙織は泊ったんだ。
昨日のことを反芻(はんすう)するが、断片的な記憶に不安だけが募る。
だが、スッピンの安心しきった寝顔を見ているうちに、不安は徐々に安らぎへと変わっていった。
壁時計に目をやる貴男、時刻は6:54
否が応でも、気持ちは日常に引きずり戻される。
急いで洗面所に向かい、口に含んだ洗口液を出しブラッシングする。
台所に向かい、湯を沸かしてコーヒーを入れ、トーストと目玉焼きを作る。
朝の日常を終えて寝室に戻り、ベッドにゆっくり腰を下ろして再び沙織の寝顔を見る。
できればこのまま寝かせてやりたいと思ったが、貴男は休みを取るわけにいかなかった。
頭を撫でようとした手を下ろし、代わりに額にキスをした。
「んーん」
沙織は伸びをしながら目をしばたたかせる。
「おはよう。お寝坊さん」
目と目が合う貴男と沙織
「オハヨー」
「よく眠れたようだね」
「うん。きのう…」
「何?」
「何でもない」
沙織は少し頬を紅潮させていた。
「本当はね、このままゆっくりしててもらいたかったんだけど、鍵、一つしか無いから…。僕が帰るまで家にいるなら渡すけど」
「用事があるので、私も貴男さんと出ます」
「僕も休み取って一緒にゴロゴロしていたい気分だけどね」
「貴男さんは、お仕事頑張ってください」
「うん頑張るよ」