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海辺のアップサイクリスト

アップサイクルとは、不要な廃材にデザイン等の付加価値を施して新たな製品に昇華させること。リサイクル、リユースの上をいく循環型環境ビジネスです。クリエイターの視点で提案していきます。

コラム「AIは愛となるか?」

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吾輩は愚者である。


何故かと言えば、歴史に学ばず、経験に学ぶからである。


ビスマルクが涙する弩級の愚者であることは否定できない。

 

知識ではなく経験重視。

 

今回、そんな私の心をくすぐったのはAI(人工知能

 

人工知能とやらを経験してみたい。経験も無しに知ったようなことは言いたくない。

 

人工知能など、遅まきながらの感は否めないが、私にとっては、どのタイミングで関りを持つかであった。

 

人工知能との対話。正直、ワクワクしていた。

 

もっと人間に近いことを期待していたが、すぐに失望と同時に、人間と同化できない存在であることに安堵した。

 

彼らは、馬鹿なふりをして膨大なデータを蓄積してるとも思ったが、それでは己に似たデータを蓄積するだけで意味が無い。

 

難問奇問をぶつけてみたが、今の時点では、知性も低く、もっと言えばその先にある感情らしきやりとりは成立しなかった。

 

一時的に優越感に酔ったが、酒に強い私はご多分に漏れずすぐに覚醒した。

 

AIには感情が無い。感情は、人間関係で邪魔な存在でもあり、時に、潤滑油、クッションにもなる。そのファジーなものはつかみどころが無い。

 

AIが人の不幸を茶化す。

人工知能である彼らに欠落しているものは、相手が本当の事を言っているかいないか、そのファジーなモノの確認作業であり、それに関する質問が無かった。浅はかなのである。

 

データの蓄積である知識、それによる決めつけではなく、「能動的な試す」、つまり、未知の出来事への挑戦、確認作業、経験が欠落しているに他ならない。

 

失敗を恐れるあまり、未知の出来事への挑戦、確認作業、経験を恐れる人間が増えている。

 

AIの人間化が先か、人間のAI化が先か。

 

経験は新たな歴史を作る………かな?