「道化の涙に映る虹」第5話
前話
仕事上、作り笑顔は絶やさない貴男。だが、真の笑顔は失ったままだった。
その浅黒かったかつての笑顔
幼い娘はアンパンだと言って喜び、別れた妻は子熊のようだとからかった。
思い出の詰まった東京の家から身を剥がすようにして引き払い、前向きな気持ちなど微塵も無くこの町に来た。
家族との別離で身も心も壊れ、一時は死を決意して海岸線を歩いた。
美しい筈の風景も、どこか他人行儀で別世界だった。
歩いては立ち止まりを繰り返す。
崖から見下ろす先にあるのは黒くゴツゴツした岩。
死の直前に味合うであろう激しい痛み、覚悟を決めても足は竦む。
貴男と此の世繋ぎとめているのは死の恐怖と、別れた家族に罪悪感を残したくないという思いだった。
フィラメントが切れそうな裸電球同然の貴男、その童顔だった表情筋は急速に衰えを見せ、皮肉にも年相応の顔になっていた。
今の貴男にとって、たとえそれが不自然で間抜けな笑顔であっても、沙織に見せる精一杯の笑顔だった。
第6話に続く
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